2014-08-03

男声合唱曲「岬の墓」

『岬の墓』は、堀田善衛が1963年の夏から秋にかけて蓼科高原にて書き下ろした詩に、團伊玖磨が混声合唱とピアノのために作曲し、八丈島の別荘の書斎で完成した作品です。同年11月には、第18回芸術祭合唱部門で、芸術祭賞・文部大臣賞を受けています。男声合唱版については、福永陽一郎が編曲を行ない、1975年5月に早稲田大学グリークラブが初演しています。

團伊玖磨(1924~2001年)は、日本を代表するクラシック音楽の作曲家の一人で、代表作「夕鶴」をはじめとする数々のオペラ、管弦楽曲、吹奏楽曲の創作のかたわら、歌曲・童謡・合唱曲の分野でも数々の有名な作品を遺しています。また1964年以来「アサヒグラフ」に36年間連載されたエッセイ「パイプのけむり」の著者としても知られています。
堀田善衛(1918~1998年)は、1952年の芥川賞など数々の文学賞を受賞している小説家・評論家です。上海において文化人の立場で日中戦争や中国の国共内戦などを体験したことから、国際的な視野を持つ文学者として知られています。

『岬の墓』の詩では、以下のような情景が印象的に描かれています。
紺碧の空の下、きららに光る入り江に休む白い船。
影一つ無い真昼の丘に立つ白い墓。
丘の岩の間に咲く赤い花
そして、白い船には「別の大洋をめざして船出せよ」と未来への羽ばたきを願い、白い墓に対しては、その下に見いだした暗い影に「休らいのことばを語れ」と過去の魂に請い、赤い花になにをか聞こうとすることによって、その印象的な情景が象徴化されています。

團伊玖磨は『岬の墓』の詩を以下のように解説をしています。

これは深い詩である。白い墓の下に仄暗く存在する過去、青くひろがる海 - 現在に漂う舟で象徴される我々自身、自己、そして、水平線の彼方に光る未来。人間の心の中にバランスを構成するこの四つの視点を骨格として、人生の姿を、永遠に解き難い人生の謎を、絶対の真理 - 赤い花 - に問いかけるこの詩は、制約された簡素な表現と、その深い内容によって、我々を厳しい内省と思案の世界に誘わずにいない。
この詩の湛えるものは、単なる抒情でも描写でもない。そういう枝葉の発するもっと内側のもの、枝や葉に対する幹の美しさと力強さがこの詩の本質であると思う。

それゆえに、團伊玖磨はこの詩の作曲を行なうにあたり、あらゆる表面上の製飾を排除し、骨格を重視した、簡潔な手法を執ったとも語っています。

『岬の墓』では冒頭部分をはじめとして、ハミングなどのヴォカリーズによって奏でられるモティーフが多用されています。團伊玖磨は、自身の他の楽曲に対して「ヴォカリーズは森羅万象をあらわす。自然が奏でる音にならない音楽をヴォカリーズで奏でる」と語っていたそうですが、この曲でもヴォカリーズが詩の背景となっている海や空、風のようなアトモスフィアとなって、この詩の背景イメージを広げ、さらに曲の中盤、白い墓にフォーカスが当てられた部分では、単なる情景描写にとどまる事なく心象風景もがヴォカリーズによって描かれており、単なるバックコーラス的なヴォカリーズとは一線を画したものとなっています。
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(2014年8月 大阪男声合唱団 第14回定期演奏会 プログラム 曲目解説として作成)

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