2019-07-21

グノー「第2ミサ」

シャルル・フランソワ・グノー(Charles François Gounod : 1818-1893)は、19世紀中期~末に活躍したフランスの作曲家で、ゲーテの劇詩を題材にしたオペラ《ファウスト》が一番の代表作として知られています。少年時代から音楽の才能を発揮しパリ音楽院で作曲などを学びました。その後、ローマへの留学をきっかけとしてキリスト教に傾倒して聖職者を真剣に目指したこともあり、数多くの宗教曲も遺しています。J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集の《前奏曲 第1番 ハ長調》を伴奏として取り入れた《グノーのアヴェ・マリア》として良く知られている声楽曲の原曲である《バッハの前奏曲第一番による瞑想曲》や《聖チェチーリアのための荘厳ミサ曲》などによって、グノーの名前は次第に知られるようになりました。

これらが作曲された1850年頃はパリを中心としたフランス全土で一般民衆によるアマチュア合唱や器楽の団体演奏活動が活発になりだした時期にあたります。この活動の発祥と云われるパリの男声合唱団「パリ市オルフェオン協会」は、新進作曲家として注目され始めたグノーを1852年に音楽監督に迎えました。この合唱団の名前にちなんで「オルフェオン運動」と呼ばれている民衆による演奏活動は、「第1回パリ万博」(1855)を契機としてフランス全土に広がり、万博の閉会イベントでは、フランス全土から集まった3千人以上による合唱演奏がされたとの記録が残っています。1862年には「パリ市オルフェオン協会」は1万人以上の団員を擁していたといいますが、1859年にグノーが発表した《ファウスト》の成功によりオペラの作曲活動への専念を目指し、1860年に音楽監督の座を辞しています。

本日演奏する《第2ミサ》の原題は《Deuxième messe pour les sociétés chorales : à quatre voix d'hommes( 合唱協会のための第2ミサ:男声四部)》となっていて、まさにアマチュア男声合唱向けに書かれた小ミサ曲です。グノーが音楽監督を辞したのちに人数が増えすぎて分割された「パリ市オルフェオン協会」の後継となるパリ市内の2つの合唱団(Association des sociétés chorales de Paris et du Départment de la Seine : パリの合唱協会とセーヌ支部)のために書かれた小ミサ曲で、1862年12月7日にパリで初演されています。このようなアマチュア合唱向けの小ミサ曲は、1853年から1893年にかけて、この《第2ミサ》を含む全7曲が出版されましたが、その中の《第3ミサ》は、《第2ミサ》の少年三部合唱版への編曲、《第6ミサ》は混声四部合唱への編曲というように、複数のリアレンジものを含んでいます。

大人数のアマチュア合唱団向けという事から、楽曲のほとんどが主旋律に対して他のパートが和音を重ねて演奏するホモフォニー形式を使用し比較的平易な曲になっていますが、2曲目の「Gloria」の曲中で、ほんの一瞬だけ各パートの旋律が絡み合うポリフォニー形式が取り入れられ、アマチュアにもポリフォニーの楽しさを少しだけ伝えよう、という作曲家グノーの意図が感じとれます。平易な楽曲ではあっても、聖職者を目指したグノーがミサ典礼文のテキストの意を十分に理解したうえで、信仰者として歌い手や聴き手に対して伝えるべきことが、自然に巧みに強調されているような作りの曲となっています。典礼ミサ曲は通常は「Kyrie」「Gloria」「Credo」「Sanctus/Benedictus」「Agnus Dei」の5曲からなりますが、このミサ曲では「Benedictus」のテキストは割愛され、その替わりに「O salutaris hostia」という本来は聖体降福式という儀式の中で歌われる聖体賛歌と、「Domine salvam fac」という皇帝ナポレオン3世への助勢を神に請う聖歌が追加されています。どちらもフランス教会に独特の聖歌で、フランスで活躍した作曲家のミサには「O salutarishostia」が含まれているものが散見されます。
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(2019年7月 第19回大阪男声合唱団定期演奏会 プログラムの曲目解説原稿)

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