フランス文学は日本近代文学に大きな影響を与え、詩においては明治以来、上田敏・永井荷風らによって訳詞集の出版がされてきました。「月下の一群」は外交官の父に従って若い頃よりヨーロッパ・中南米で過ごした経験を持つ堀口大學が訳して、書きためていたフランス詩を集めて、1925年に出版され、昭和初期の日本の詩に大きな影響を与えました。
合唱曲としては、その後に発表された第2集、第3集も含めると計15曲が南弘明によって作曲され、美しい日本語に訳されたエスプリに富んだフランス詩に、男声合唱特有の豊かな響きを活かしたハーモニーが、詩の情景に多彩な彩りを添えるピアノパートと絡み合い、とてもおしゃれな男声合唱の定番曲となっています。
各曲の解説(というよりも指揮者の心象)
1.小曲 (原題:Présence)
まるでオルゴールが奏でているかのようなピアノの前奏に導かれてはじまる堀口大學から「今の世に珍しい甘味な戀愛詩人」と評されたフィリップ・シャヴァネックス(1898-不詳)の甘い詩。 目を閉じるとあなたには何が見えるのでしょうか?2.輪踊り(原題:La Ronde)
軽快なロンド(輪舞)のリズムに乗って明るく歌われるこの曲には、1912年にフランスの詩王に選ばれたポールフォール(1872-1960)が過ごした、戦争と混乱の真っ只中であった20世紀初頭の世界に対する、友愛と平和を願いが込められていると同時に「・・さえなったら・・・ことさえ出来ように」という文体には、叶わぬ事への諦めからの乾いた気持ちも感じられます。3.人の云ふことを信じるな (Ne crois Pas à ce qu'on te dit…)
自然・真実・乙女子を謳歌する事を唯一としたフランシス・ジャム(1868-1938)によるとてもシニカルなこの詩は、歌っている男たちを少々後ろめたい気持ちにさせるかもしれません。乙女の祈りが脆くも崩れてヒステリックに響くピアノ伴奏、この曲のピアニストは女性以外には考えれられません。4.海よ(催眠歌) (原題:Berceuse)
おだやかな波、荒れ狂う海など、海の表情の変化がピアノ伴奏によってダイナミックに描かれる中で、観察者である歌い手はあくまでも冷静に「いつまでも飽きないか?」などと海に問いかけます。フランスにおける近代政治シオニズムの代表者でもあったアンドレ・スピール(1868-1966)が書いたこの詩には、永遠にさまざま生命を自然を産み殖やし、そして無に還す海、そしてその海でさえ太陽への想いを叶えられぬという事に、自らの民族の故郷再建の見果てぬ思いを重ね併せているかのようです。5.秋の歌 (原題:Chanson d'automne)
波乱に満ちた破滅的な生涯をおくった、ポール・ヴェルレーヌ(1844-1896)が20歳の時に書いたこの詩は、日本では上田敏の訳詞集「海潮音」に収録されている「秋の日のヴィオロンのためいきの」ではじまる訳のほうが有名ですが、堀口大學は「月下の一群」の改版時に「秋の」から「秋風の」と風の一時を付け加えたそうです。夏や冬の嵐ように荒々しい風ではなく、せつなく魂が痛むように絶え間なく吹く「逆風」。吹き止んだ後にはどのような余韻が残っているでしょうか。--------------------------------------------------------------------------------
(2011年7月 大阪男声合唱団 第11回定期演奏会 プログラム 曲目解説として作成)
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