フォーレ作曲の「レクイエム ニ短調 作品48」は、三大レクイエムの一つとして、モーツアルトおよびヴェルディが作曲したレクイエムと共に広く知られています。
「レクイエム」は、ローマ・カソリック教会において死者の安息を神に祈るための儀式「死者のためのミサ」の式次第の俗称です。 ミサの最初の言葉が"Requiem"で始まり死者の安息を主に願う"dona eis requiem"という祈りの文句が随所に現れることから、そのミサで演奏するミサ曲のことも「レクイエム」と呼ばれるようになりました。
さまざまな作曲家が、この典礼で用いるテキストをもとにした楽曲を作ってきましたが、時を経るとともに当初の成り立ちであるローマ・カソリック教会の典礼音楽から、演奏音楽として宗教を越えた祈りの楽曲へと姿を変えてきています。
三大レクイエムの作曲家の中でも一番遅くに作曲されたフォーレの「レクイエム」は、あとで述べるように典礼テキストの一部分だけを抜粋して、さらに埋葬時の祈祷文から流用したテキストを追加して作曲されていることから、教会ミサで演奏するための音楽という枠には収まりきれない楽曲として生まれました。
ガブリエル・フォーレ (1845-1924)作曲の「レクイエム」は、その一部分だけが、1888年1月16日にパリのマドレーヌ教会でフォーレ自らの指揮によって非常に小編成のオーケストラと共に初演されました。この「レクイエム」が作曲された動機や経緯については、フォーレの曲が作曲される前後にフォーレの父母が相次いで亡くなったことと結びつける説もありますが、フォーレ自身は「私のレクイエムは何のために書かれたわけでもありません…あえて言えば楽しみのために」と語っていたと言われています。
1893年には現在の"Introït et Kyrie(入祭唱とキリエ)","Offertorium(奉献唱)","Sanctus(感謝の賛歌)","Pie Jesu(悲しみのイエス)","Agnus Dei(平和の賛歌)","Libera me(赦祷文)","In Paradisum(楽園へ)"の全7曲の構成になり、初演の時にフォーレ自らが「オーケストレーションは未完」と語っていたとおりに、1900年までの間にオーケストラの編成が本日の演奏と同等の編成となるまで改訂が重ねられてきました。(フォーレ自身はオーケストレーションにはあまり頓着せずに細かいところは弟子に任せて演奏ごとに変えてきたという話もありますが)
本日は、最終版と呼ばれる1900年稿(第3稿)を底本とした最近の校訂譜である1998年発行の新アメル版に基づいた演奏をいたします。
フォーレによる「レクイエム」では、当時の「死者のためのミサ」の典礼テキストに含まれている、最後の審判の恐ろしさを表した"Dies irae(怒りの日)"を含む"Sequentia(続唱)"のほとんどが割愛されています ("Dies irae"に類似したテキストは、6曲目の"Libera me"内の一節としては使用され、4曲目のソプラノ独唱曲である"Pie Jesu"では"Sequentia"内の"Lacrimosa(涙の日)"の最終部分だけを切り出して作られています) 。このようにして、全曲をとおして「死の苦しみ」や「地獄」の恐ろしさなどの表現が極力避けられ、比較的穏やかな楽曲となり、オーケストレーションにおいてもヴァイオリンよりもヴィオラを多く使用する編成によって柔らかな楽器の音色に合唱が支えられる作りとなっています。
フォーレがこの「レクイエム」のために使用した典礼テキストに対しても、フォーレがその一部を意図的に改変しており、たとえば、本来は「全ての死せる信徒の魂」とあるべき歌詞がキリスト教からは一歩離れた形で「死せるものの魂」と変えられいます。
これらの独自性から、初演当初から「斬新」とか「異教徒的」、「死の恐ろしさが表現されていない」とかの評価がされてきました。しかしながら、フォーレ自身が書いた手紙などの記録によると、長らく教会のオルガン奏者でもあったフォーレが、画一的な葬儀ミサにうんざりし、先にも述べた、「あえて言えば楽しみのため」という意図のもとで慣習的な教会音楽の作法から逃れ、さらにはフォーレの持つ「死」に対するイメージである、仏教の涅槃や解脱にも通じる「永遠の至福と喜びに満ちた解放感」を"Requiem aeternam"という言葉に込めた作品となったようです。
キリスト教世界においても、この作品が世に出た約60年後の第2バチカン公会議で、"Dies irae(怒りの日)"など最後の審判の極端な描写部分は典礼テキストから除外されるようになったので、もしかしたら、フォーレによる「レクイエム」で評された「斬新さ」というのは文字通りに20世紀に至る時代の先端を行っていたのかもしれません。また日本において、このフォーレのレクイエムの人気が高いのは、馴染みのある仏教的死生観とフォーレの死に対する捉え方に合い通じるものがあったからなのかもしれませんね。
(合唱インペク NobuNobuta)
(2017年12月17日 第29回松戸市民コンサート @ 森のホール21 プログラム曲目解説として作成)
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