2026-07-12

男声合唱による「日本抒情歌曲集」

本日の最終ステージでは、日本人なら誰もが子どもの頃から耳にし、口ずさんできたであろう名曲を、林光(1931-2012)編曲の「男声合唱による日本抒情歌曲集」からの5曲をお届けいたします。

単なる「懐かしいメロディーの合唱化」ではありません。1960年代初頭、岩城宏之や田中信昭といった若き音楽家たちが「昔の歌曲の素晴らしいメロディーを、みんなで楽しめる合唱のレパートリーにできないか」と提案したことが、この曲集の始まりです。小澤征爾が合唱団を指揮する際の編曲提供を皮切りに、わずか2〜3年の間に約20曲の混声合唱曲として編曲されました。 これらの編曲は、発表時には林光自身がピアノを弾くという前提で作られたことから、「自分自身が楽しみながら弾けるような編曲」が志向されました。

男声合唱版は1992年から2004年にかけて、2つの男声合唱団からの依頼で全12曲が編曲されました。林光が当初意図した「合唱と対等に渡り合う劇的な構成要素」としてのピアノの役割を保つため、ピアノ・パートは一切変更せず、テノールの高音域の輝きとバスの重厚な基音を計算しつくし、男声特有の倍音の豊かさを最大限に引き出すように声部が再設計されたとのことです。

本日は、誰もが知る名曲の奥底に、林光がどのような「お洒落な遊び心」を忍ばせたのか。さらに、私たち大阪男声合唱団と、賛助出演いただいている大阪外国語大学グリークラブOB会合唱団のコラボレーションで、この曲にどう挑むのかについても、お楽しみいただければ幸いです。


「箱根八里」(鳥居忱 作詩/滝廉太郎 作曲)
箱根の険しさを、中国の函谷関や蜀の桟道といった歴史的難所になぞらえて描いた、勇壮な楽曲です。林光の編曲では、行進曲風の原曲がもつ力強さをさらに引き立てるように、ピアノがダイナミックな和音で「天下の嶮」を立体的に描写し、男声合唱と堂々と渡り合います。

「浜辺の歌」(林古渓 作詩/成田為三 作曲)
もとの詩は4連までありましたが、作詩者の林古渓が「歌の3番が原詩と異なって改変された」として流布を嫌ったため、現在は2番までしか歌われなくなったという逸話が残る曲です。林光はこの曲のピアノ・パートに、同じく美しい旋律を持つメンデルスゾーンの歌曲「歌の翼に」のモチーフをこっそりと忍ばせました。さざなみのような伴奏の中に隠れた名曲の欠片を、ぜひ探してみてください。

「待ちぼうけ」(北原白秋 作詩/山田耕筰 作曲)
中国の古典『韓非子』の説話を題材にした、ユーモアあふれる一曲です。曲の冒頭では、せっせと野良仕事に励む農夫の姿が軽快なテンポで描かれますが、偶然の獲物に味をしめて畑仕事を怠けるにつれて、曲調はしだいにゆったりとした歩みへと変わっていきます。農夫が怠惰になって畑が荒れ果てていくさまを、テンポの変化で表現する仕掛けをお楽しみください。

「椰子の実」(島崎藤村 作詩/大中寅二 作曲)
柳田國男が伊良湖岬で見つけた「流れ着いた椰子の実」の逸話に着想を得て、島崎藤村が自らの漂泊の思いを重ねて詠んだ国民的歌曲です。オリジナルの魅力を存分に生かした編曲で、流れ着いた椰子の実からふと湧き上がる異郷への熱い思いを、男声特有の倍音の豊かさを最大限に引き出しながら描いています。

「早春賦」(吉丸一昌 作詩/中田章 作曲) 
春を待ちわびる大正期の名曲です。林光は、この曲のメロディーがモーツァルトの歌曲「春への憧れ」に影響を受けて(背中を押されて)書かれたという背景に着目し、まるでモーツァルトのピアノ協奏曲のような華やかな間奏を挿入しています。そして楽譜上にはCadenza(カデンツァ:即興的な独奏部分)の表記だけで、ピアニストのオリジナリティの発揮が求められる結末部。この曲に対しても、編曲者本人に限らず数々のオリジナル演奏がされてきました。このステージでは、どのようなアイデアが紡ぎ出されるのかにもご注目ください。

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(2026年7月 大阪男声合唱団 第25回定期演奏会 プログラム 曲目解説として作成)

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