2019-12-08

ブラームス「ドイツ・レクイエム」

ドイツ・レクイエム」は、ヨハネス・ブラームス(1833~1897年)が作曲した、オーケストラと合唱、ソプラノとバリトンの独唱からなる宗教曲作品です。レクイエムとはカトリック教会の葬儀で、死者の安息を神に祈るラテン語の典礼ミサ祈祷文に音楽がつけられたものを指します。歌詞が「Requiem aeternam(永遠の安息を・・)」で始まることからこの名がついていますが、この「ドイツ・レクイエム」は、その曲名のとおりにドイツ語の歌詞がつけられた作品になっています。

カトリック教会的な世界観が支配していた中世ヨーロッパでは、庶民の暮らしは苦しく、現世よりも死後の救済へのあこがれが大きかった時代でもありました。この死者の魂を救済するためには、「死者のためのミサ」などの儀式を教会の司祭が取り仕切ることが必須であり、教会なくして死後の魂の救済によって永遠の安息を得ることは、ありえませんでした。
16世紀になりマルティン・ルターなどによる宗教改革によりプロテスタント教会がカトリックから分離しました。聖なるものは神のみ、個人の信仰を重視し、聖書を唯一の権威とし、教会は神の権威を仲介する役割を多く持たないとしたため、葬儀における魂の救済の独占的な役割も持たなくなりました。そのため、葬儀そのものの意味合いも、故人を偲ぶと同時に、遺された人々の心を慰める場に変わっていきました。
カトリック教会では聖書を読み解く事も司祭の特権とし各国語への翻訳を禁じていましたが、ルターは誰もが聖書を読めるようにと自国語のドイツ語に翻訳し、仲間のグーテンベルグが発明した活版印刷により、ルター聖書と呼ばれる聖書を編纂し普及させました。

ブラームスは、ドイツ北部ハンブルグのルター派の平均的・伝統的な家庭に育ち、聖書に対する造詣が深く、このルター聖書の旧約・新約にある、さまざまな書から聖句を選び出し、全7章からなる「ドイツ・レクイエム」を作り上げました。このようなルター聖書をもととするドイツ語のテキストを使用した宗教曲は、17世紀のハインリッヒ・シュッツや18世紀のヨハン・セバスチャン・バッハをはじめとするドイツ人作曲家によってプロテスタント教会の礼拝などで歌うために数多く作られてきました。これに対して「ドイツ・レクイエム」では、これら先人たちの音楽的な形式や表現の技法を研究し倣った形跡はあるものの、抜粋した聖句の中にはイエス・キリストの名前は一切登場せず、キリスト教への信仰を表わす宗教曲とは一線を画しています。レクイエムという人の死をテーマにしてはいますが、宗教改革によって葬儀の意味合いが変わってきたのと同じく、死者の安息や救いだけを神に願うのではなく、遺された人々の心を慰めるのにふさわしい、生きる人のためのレクイエムとしてテキストがつづられるように聖句が選ばれています。19世紀になり庶民の暮らしにもかなりの余裕が出て、現世を大切に生きていくという考え方が当たりまえになってきたのかもしれません。

「ドイツ・レクイエム」の原題の「Ein deutsches Requiem」を直訳すると「ドイツ(人・語)のレクイエム」となりますが、この時代がドイツのナショナリズム台頭の時期に合致し、この曲と同年に初演されたリヒャルト・ワーグナー作曲「ニュルンベルクのマイスタージンガー」で「ドイツ万歳!」と締めくくられていることと対比され、「ドイツ人のためのレクイエム」と見なされる事もありました。しかしながら、ブラームス自身は「私は『ドイツの』という言葉を『人間の』と置き換えても構わない」と語ったそうで、「ドイツ古典音楽の形式を踏まえたドイツ語による人類のためのレクイエム」とでも解釈されるべき曲です。

1854年に《葬送行進曲》を擬したかのような第2曲を作曲したのは、ブラームスの良き理解者であり、ブラームスの名を世に広めるきっかけも作ったロベルト・シューマンの死が一つのきっかけになったとも云われ、1865年にブラームスの母が亡くなったことが、その翌年4月までに第1曲、第3曲、第4曲を一気に書き上げる原動力となったと云われています。1867年12月の冒頭3曲だけの初演は演奏の不出来で大失敗だったものの、1868年4月には第5曲を除く全6曲をブレーメン大聖堂で披露した演奏は大成功。その場に立ち会った故シューマンの妻であったクララ・シューマンは夫が生前に将来ブラームスが大成するとした予言が成就したと確信したそうです。この直後に第5曲を付け加えて全曲完成させたブラームスは当時34歳。それまでは比較的小品の器楽曲などしか評価されてこなかったブラームスは、この「ドイツ・レクイエム」の成功をきっかけとして、若干遅咲きの花が大きく開き始めることとなりました。
(合唱インペク NobuNobuta)


(2019年12月8日 第31回松戸市民コンサート @ 森のホール21 プログラム曲目解説として作成)

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